野原の健司君とは、約10年前にお互いの取引先が同じでそのお店のディレクターを勤めていた友人を介して、ランチを御一緒したというのが初めての出会いでした。
yasuhide onoの小野君とも、その時が初めての出会いです。
その頃の私は極度の人見知りで、作家の友人も仲間もほぼおらず、家に引きこもり制作し続ける生活を送っていて、人間を信用していないような所があったのです。
そんな日々のせいか、都会のおしゃれな男性を前に、人見知りが発動してしまい、うまくコミュニケーションがとれなかったという、今となっては笑い話なのですがそんな思い出があります。
exhibition「共生」取材より 2021年3月
その出会いから何年かは交流もなく、彼の活動の消息は途絶えていた時期がありました。しかし、そこには私の知らない彼の人生があり、彼は彼の人生を模索し、色々な経験を経ていました。
2017年頃、東京で展示をしていた際に、突然訪ねてきてくれたのが私達の再会でした。とても久しぶりに会った健司君は、その存在がまるごと生まれ変わったかのような出で立ちで、キラキラと光る美しい波動の中に居るように感じたのを鮮明に憶えています。2018年、奥さんの野原ちゃんの名前からとった、『野原』という屋号で活動を始め、そこから私達は交流を持ち始め、距離を縮めていき互いの物作りを見守ってきました。今、そんな私達が共鳴できている事に、感謝と喜びの気持ちでいっぱいの私が居るのです。

縫う人
私のイメージする健司君は、扱う素材や作るものは様々であれ、「縫う人」という言葉がしっくりとくる存在で、
素材の声にしっかりと耳を傾け、その素材に宿るエネルギーや、大袈裟ではなく、命を真摯に受け取り、その命に愛情を注ぎ、一針一針を進めて形にしていく人なのです。

鏡の様な存在
健司君と野原ちゃんと交流を持ち、私自身、会う度に二人に対して可愛らしさや素朴さを感じ癒される様な感覚に包まれるのですが、夫婦として、お互いに感じている事なども聞いてみました。
「今のお互いの状態が、相手に反映される鏡の様な存在」
そんな風に答えてくれました。二人は、とても良いバランスで、二人の人生を作り上げているのを感じます。
野原ちゃんの大らかさに、健司君は救われ、とても良い状態で物作りに向き合えると言います。
野原ちゃんもまた、健司君の愛に救われて、安心して生きていると言います。そして、お互いを刺激し合い、感情の機微が生まれ、二人でしか味わえない豊かさを日々感じ、そこで受け取るものもまた、野原の物作りに大きく反映されている様に思うのです。
ささやかで素朴な、愛に溢れた美しさを野原の作品に感じるのは、二人の存在そのものが、合わせ鏡の様に作品に反映されているからなのでしょう。
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命の循環
野原の選ぶ布や、様々な素材には、彼らなりの感覚的な基準や判断がしっかりとある様に感じていて、実際にどの様な感覚で素材選びを行っているのか尋ねてみると、こんな言葉が返ってきました。
「自然が形を変えたもの
(植物が布になった物や、動物の皮を鞣した後のものの事など……)」
「様々な生命、直感的に自然という神様や、信仰を感じるもの」
「命の循環として、繋いでいこうと思えるもの」
こんな言葉が並びます。
健司君の話を聞く中で、特に皮という素材が持つ力には、彼自身も圧倒されている事を感じました。
野原の皮作品は、高知県四万十で暮らす彼らの友人が一人で動物の皮を鞣す作業を行い、その皮を使って作られています。
その鞣し方はとても原始的な方法で行われているそうで、地元の猟師さんが狩った鹿を頂いて捌き、ぬかを使い毛をとり、腐らない様に塩に漬け、四万十の川の水で洗い流し脳みそを油分として皮に含ませる。一枚を作るのに、2,3ヶ月をかけて出来上がる物だそうです。
それは鞣す作業というより、「命の循環、命のやりとり」を行い、大きな愛情を内包したものなのです。
そんな、命の循環の中に、野原の仕事はあるのだと思います。

土地からの頂き
野原の二人が暮らす長野県佐久市の山上にある地の冬は、厳しい山風に晒されて世界は白く覆われ、土も緑も花もその存在が影を潜め、命の気配が消えていくそうです。
そんな中、健司君自身や野原ちゃん、一緒に暮らしている山羊のタパの命をとても強く感じると言います。
また春が近づくにつれて、小さな花や裸の樹々から芽吹く緑達、虫や動物達の、「一つ一つの命の存在を強く感じる」「どんなに小さくても、その存在をより強く感じる」と、実感を持って話してくれました。
花が咲けば色を頂き、夏になれば太陽の下、土を触り、季節のコントラストを身体全てで感じ、土地からのいただきに身を委ね生活する中で、布との関わりにも深まりが生まれ、命を愛おしみ、土地から受けとるものへの感謝や敬意が深まるのだと感じます。

美しさとは
exhibition「共生」取材より 2021年3月
「美しさとは何か?」
「美しい物作りとは何か?」
「美しい生き方とは何か?」
健司君に、問いかけてみました。
彼は迷いなく、「正直さ」と答えてくれました。
正直に生きる事や、あるがままに存在している事が美しいと。
どんなに不器用でかっこ悪くても、心に嘘をつかず生きていく事の美しさを信じていると。
正直である事の難しさもまた実感した上で、それでも、自分の内なる心にしっかりと耳を傾け生きていく中で、愛する人や本物の仲間、美しい物作り、自分にとっての光が掴めると信じているのです。
photo | Ayaka Onishi
今展示『共生』では、
土地や日々の生活の中から受け取るエネルギーと、共生する事で出来上がる野原の世界、また、川井有紗との共作作品も並び、ens でしか見れない作品群、世界を感じていただけると思います。
野原の、命の循環の中にある仕事に出会っていただき、何かしらを感じ取って頂ければと願います。