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笑達

和歌山

絵描き

1982年 和歌山県生まれ

19歳から京都の路上で似顔絵を描き始め
18年間ひたすらに人とその縁に向き合う

2020年、地元和歌山に移住土地に息づく
風土や霊性に導かれ、絵画を描き始める

 

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出会い

出会いは大学一年生の時。京都の芸術大学で出会い、同じバスケサークルの同級生だった私達。この頃はまさか将来、人生のパートナーになり家族になるなんて思いもしていなかった私達。

exhibition「世界」取材より 2022年1月

第一印象は、”でかい、そして良い人そう”、その位のもので、特に特別なものではありませんでした。

 

ただ、彼の描く絵には何かしらを感じていました。私は、笑達が笑達と名乗る前から彼の絵を見てきました。芸術系の大学では、彼より絵が上手い人間は沢山いたし、彼の描く絵はセンスがあるとか洗練されているというよりかは、上手くない下手くそな絵だったと思います。だけど、彼の描く絵はとても未熟なのに厚みのある、奥行きを感じさせる、期待したくなる魅力がありました。そして目の前の真っさらな紙に、とにかく一生懸命向き合う姿が素直に浮かぶ、そんな絵を描いていました。画面いっぱいに描かれる彼の絵はとても無垢で力強く暖かだった。

それから私達は大学を卒業して、切っても切れない縁があるのか、同じ職場で働く事になり、その時間でより沢山の事を話し、まだ大人とも子供とも言えない時代を共に過ごす事になります。

「本当に美しい物が作りたい」

「本当に美しいって何?」

「どうして大人はこうなんだろう?」

「あの本が面白いよ」

「あの店良さそうやから行こう」

 

そんな様々な話しをし互いの価値観や思想を理解し合いました。気づけば一緒の時間を共有し、同じ物を見て同じ景色を見て、同じ音楽を聞いて同じご飯を食べて、同じ時間を生きてきました。

こんなに同じ時間を過ごして生きていても、私達はまるで違う人間で全くタイプの異なる性質を持っています。

 

20代の頃はとにかく偏りが激しく、上手く世間や社会、組織に溶け込めない私を、いつもフラットな目線と感覚で静かにそっと世界と繋いでくれていました。ただただ私に同調するだけでなく、それでも絶対的に肯定し続けてくれる人。私が唯一全てを曝け出せ、誰にも話せない事も話せる人間です。

 

彼は私だけでなく、他者に何も要求しない、何も求めないし押し付けない。ただただ受け止めてそれぞれの違いを理解し、何も否定しない。私はこれまでの人生で何度も彼に救ってもらい生きている様に思うのです。

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透明な人

彼にはこれだという色がありません。言うならば透明だ。

だけれど、何色にでもなれる分厚く広い大きな器がある。透明だからこそいろいろな色が見えます。どこまでも透き通る透明の先には色とりどりの世界が見える様に思うのです。

笑達が描く絵にはすぐ側にある日常や誰の心の中にも存在する原風景の様な、素朴さ、原始的な何か、それと同時に人の目だけでは捉える事の出来ないスケールの大きな世界の両方を感じます。

長い時間を共に過ごして来たけれど、未だに不思議な人だなと感じる部分があります。

 

彼と出会った事がある人なら大抵の人が感じる、ごくごく普通で人当たりの良い親しみやすい人柄と安心感を与える人間で、それは変わりないのだけど、途方もなく遥か遠く簡単に辿り着く事の出来ない所に居る様な、手を合わせたくなる様な、山の様な海の様な、そんな大きな何かを含んだ存在だとも思うのです。一見何処にでも居る様な人の良い田舎の人、それでいてこんな人他のどこにも居ないと思わされるほど、稀有な人だと思うのです。

そんな彼が描く絵は、彼自身と同じで、普段絵や芸術、美術に興味がない人にさえも受け入れられる親しみやすさと、圧倒的な特別な力、その両方を感じるのです。

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道端から始まる物語

大学生の頃、その当時バスケサークルの先輩や仲間達と京都の寺町という通りで、シャッターの閉まった店の前で布を敷き、自分達が描いた絵をポストカードにして販売する、そんな事を遊びの様な感覚で何か面白い事が起こらないかな?と、どこか期待する様な10代の若いエネルギーで行っていました。

彼が一番最初に描いたのは人の顔。

身近な人や好きなミュージシャン、「理由は特になく漠然と描きたいと思った」と彼は言います。

 

そこから道行くいろいろな人の顔を描く様になり、道端で似顔絵を描く様になりました。週末の度に街へくり出し道行く人を描き続けました。今では懐かしい話、一人100円で似顔絵を描いていた時代があります。

当時の笑達の似顔絵もやっぱり下手くそで無骨で、ただただ暖かかった。そんな所から始まり約20年、今も描き続けている人の顔は、あの頃に比べて洗練されたし、上手くなった。この20年、何万人という人と出会い、人生の生業として描き続け、人間としての分厚さがプラスされた人間力を含んだ絵が描けます。その中にはあの頃と変わらない暖かさもあります。

彼が描く人の顔は光で満ちていて、きらきらとし眩しい。太陽の光の様に暖かく、全てを照らして肯定してくれるそんな力があります。

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和歌山という地から

長く住み慣れた京都の地を離れ、2020年から生まれ故郷の和歌山県紀美野町に戻り、いろどり山と名付けた山の上で暮らす様になってから、人の顔を描く似顔絵に止まらず、彼の絵は想像を遥かに超えて広がり出しました。

山から頂くインスピレーションや、この地で生きる人達、獣、植物、ありとあらゆる生命からいろいろを頂き、今笑達の絵は生まれています。この地に戻り、山や海や広大な自然の中で生きる事を決め、

 

「山はいつでも自分の足元に気づかせてくれ、海は自分を遥か遠く、無限に広げてくれる。この地で生きる事を決めやっと、地にしっかりと根を張り、広げていける。」笑達は言います。

exhibition「世界」取材より 2022年1月

大好きな場所で土を触り、様々な生命に触れて生き、そんな日々を栄養に、大きな大きな樹がもっと太く深く広く根を張る様に生きている笑達の、"命を感じる、生きている絵"を是非皆さんに見て頂きたいと思います。

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笑達の無限の可能性を信じ、

いつか巨木の様に存在する彼の姿を楽しみに、

私も彼の生きた証を見続けていこうと思います。

どうぞ宜しくお願い致します。

photo | Ayaka Onishi

exhibition

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世 界

2022. 01. 22 sat  -  01. 30 sun

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