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​川井有紗

和歌山

1982年広島県で生まれる

現在は和歌山県紀美野町の山の上で豊かな自然の中暮らし、活動中

自然の中に有る美しさやエネルギーを、感じるままに身体を通して装身具やオブジェ、自らの声を使うなど、様々な表現で形にしている

和歌山県紀美野町。季節折々の花を咲かせる自然豊かな土地。

その山の上で、絵描きである夫の笑達さんと愛犬みかんちゃんと暮らしている川井有紗さん。今回は彼女の展示に向けた取材のために自宅を訪ねました。

exhibition「草の海」取材より 2022年8月

有紗さんは2018年に京都から和歌山に移り住み、2020年から紀美野町に暮らし始めました。作家として活動を行いながら、自身や他の作家の作品を取り扱う場所として「ens」を営んでいます。お店に立って接客をしている姿からは、植物や石などの自然物への愛情が感じられ、これまで出会ってきた作家との繋がりを大切にしている様子が伺えるのです。

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お守りを身につけて

学生時代、先輩に誘われて笑達さんと共に立ち上げた似顔絵のチーム。そこで勤めた6年間は有紗さんにとって楽しくも多忙の日々だったといいます。実力や経験はなくとも自分たちで考えてアイディアを形にできることが喜びでもありました。しかし、似顔絵の締め切りは週に2回、睡眠時間も少なく、気づけば4年のうちに2人で始めたチームには20人ものスタッフが増え、人材育成など慣れないことにも携わるように。そんな忙しさの中である時、有紗さんは絵が描けなくなってしまいます。心では描きたいと思っていても身体が思うように動かない。それは心身共に限界を超えてしまっていた証拠だったと彼女は当時を振り返ってくれました。

「今描いている絵は本当に良い絵なのか、と疑心暗鬼になって、その絵をお客さんにお渡しするのが申し訳ないと思いました。また、組織で働く中で、自分を消さないといけない、自分のままで生きることができない苦しさを感じていました」。

きっと私の居場所はここではないどこかにある。そんな想いを感じながら会社を退職した有紗さん。そんな彼女に寄り添ったのは近所で咲いていた花や草などの植物の存在でした。春先の芽吹きの時期に植物が有紗さんの存在を受け止めて、様々なことを語りかけたといいます。

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「植物はどんな場所でも咲いています。同じ植物でも場所によって咲き方や大きさが異なっていて、みんなそれぞれ自由に枝を伸ばしている様子に美しさを感じました。植物があなたはあなたのままでいいんじゃない?と語りかけてくれているようで、みんな違ってそれでいいんだと思えるようになりました」。

芽吹きの真新しいエネルギーに癒やされながら、有紗さんはその植物をお守りとして、自分の心や存在を肯定するために身に付けたいと思い、植物そのものを使った装身具を作るようになります。いつしか人に求められるようになり、お店で取り扱ってもらったり、様々な場所で展示を行うようになりました。作ることを続けていくうちに、植物の装身具の他にもオブジェや衣類などを手掛けるようになり、作家としての活動が広がっていくようになります。しかし彼女自身は作家であるという自覚が昔からありません。

「自然物の美しさを活かしたいという思いと、自分を生きることにしか興味がない」。

どんなものづくりも有紗さんの根本にあるのは、自然物への愛情と敬意。自分の信じられるものが自然物には宿っていて、有紗さんはただ自然物の美しさをイメージの浮かぶままにものづくりに反映させているだけだといいます。そこには扱う素材への迷いも、完成に至るまでの失敗もありません。もし、こうしてやりたいという作家の欲があるとすれば、それが素材へのこだわりを生み、イメージから外れた時に失敗として形に残ることになるのかもしれません。

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表現と共に生きる

「他の人からどう思われているかは分からないけれど、自分には正直に生きようと思いました。」

そう語る有紗さんの正直さから生まれたものの一つに音楽があります。衣類や焼き物、染め物などはどこかでやるだろうなと思っていた彼女でしたが、音楽に関してはまさか自分が表現するとは思っていなかったとか。

初めて人前で歌った舞台は、音楽家 harukanakamura さんと笑達さんが兵庫県篠山の「rizm」で行ったライブペインティング。笑達さんが描く絵に haruka さんがピアノの音を重ね、有紗さんも自分の声を合わせていく時間でした。昔から自分の声がコンプレックスで人前では歌いたくないと思っていた有紗さんでしたが、harukaさんに歌うことを提案された時に、表現として興味を抱いたのがきっかけだったそう。音楽家としての経験も知識もなかった彼女でしたが、やってみたいという自分の正直な気持ちを置き去りにはできなかったといいます。

それからは日常の中で様々な音が聞こえるようになり、ギターを手にして歌うようになっていきます。一言で音楽といっても情景を言葉や音にして表現することと、自分の心の内を表現することでは彼女の中で違いがあります。情景を音楽にする時はものづくりと似ていて、自然物の美しさをそのまま伝えている心地よさがあり、自分の心の内を歌っている時は緊張してしまうといいます。まだまだ音楽との関わり方を模索している彼女ですが、自然の美しさが自身の身体を通って音楽として生まれる時は「自分なんて消えてしまってもいい」というほどの喜びを感じているのだとか。それほど有紗さんの自然物への愛情は深くて優しさに溢れています。

表現が装身具でも音楽でも、有紗さんから生まれるものはどこか一貫性があるように感じます。

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満たされた気持ちから生まれるもの

京都で暮らしていた時から自分の作品をショールームのように展示していた ens。和歌山に移ってからは、これまで出会ってきた作家の作品や共作で生まれた作品も取り扱っています。

もともとは人と関わることが得意ではなかった有紗さんですが、様々な人との出会いから、一緒に何かを表現する先には一人では生まれてこないものにも出会えるという喜びがあったといいます。人との関係性が刺激的で嬉しい影響を与えてくれたのです。

「世界にはいろんな人がいて、いろんな生き方があって、それぞれがその人を生きているということに気づきました。この人たちと面白いことがしたいと思うようになって、焼き物と植物の編み物の共作を手掛けてみたり、染めた布で衣服の共作をお願いしたり、彼らの生き方と自分の生き方が違うからこそ、そこからしか生まれない何かがとても面白いと思いました」。

作品が生まれる背景や素材のこと、その想いも伝えていきたいとお店に立っている姿からは作り手への尊敬の気持ちが伺えます。ens の展示で毎回彼らのもとへ足を運び取材を行うのは、作家が生きている姿そのものを伝えたいという情熱があるからなのです。

また、有紗さん自身が和歌山に暮らし始めたことで変わったこともあったといいます。

「これまでは自分の満たされない部分を植物の力を借りて表現していたこともあったのですが、この自然豊かな和歌山に暮らし始めて毎日がとても幸せで、満たされすぎて何を作ったらいいのか分からなくなった時がありました。でも、作ることは私にとって生きることそのもの。これからはこの満たされた気持ちから生まれるものを ens で表現していけたらと思っています」。

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私が和歌山に移り住んで有紗さんとの距離が近くなったからこそ感じることがいくつかあります。それは彼女の生み出す表現がどんな枠にも納まっていないということです。底知れない、終わりがない、追いつけない、そんな刺激的な存在であること。そして、私たちと同じ普通の人であることです。愛犬みかんちゃんへの愛情や、笑達さんとの日常会話、料理を作ったり好きなものを鑑賞したり。それは何か特別なことをしているわけではありません。私たちと同じように生活を営んでいます。

「自分は普通の人間だから、自分が満たされている状態じゃないと人のために何もできません」。

exhibition「草の海」取材より 2022年8月

自分の気持ちに正直に生きること。それが自分を満たし、人に伝わる何かを生み出すことに繋がっているのかもしれません。有紗さんが日常で感じていることはこれからもものづくりの中で美しさを生み出すことでしょう。そして今回の展示では、美しさを永遠に追いかけて生きている彼女から生まれる作品に出会うことができます。ぜひ存分にお楽しみください。

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text & photo | Ayaka Onishi

exhibition

草の海

2022. 10. 03 mon  -  10. 10 mon

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